「こんとらぷんくと」

上演パンフレットより

 題名というのは、作品を書く上でとても重要で、その作品から生まれる風の匂いを決定
してしまう気がします。今回の作品の題名『こんとらぷんくと』が決まるまでと、作品が
書き上がるまでの、ちょっと不思議な経緯をお話したいと思います。
 メジロ盗りのおじさんと二人で、庭について話した不思議な時間のことを、いつか書こ
うと思っていましたが、そのことを書くに相応しい題名が思い浮かばず、今まで、手をつ
けることが出来ませんでした。
今回、今の日本、そして世界の状況を踏まえて作品を書こうとした時、今こそ、この話
を書く時だと思ったものの、やはりなかなかいい題名が思い浮かばず苦戦していました。
そんな時、ポーンと外から投げ込まれたように「対位法」というアイデアが突然頭に浮か
びました。考えてみると、この作品は内容からして対位法そのものです。
しかし題名に『対位法』などありえないし、カウンターポイントもポリフォニーも題名にはな
らない、しかるに、ドイツ語では・・?調べてみると、kontrapunkt(コントラプンクト)。
なんと可愛らしく、楽しい言葉の響きでしょう!これだ!!と思いました。即決定で企画
が正式にスタートしました。
 
 それから間もなくのこと、なぜか、ほんとうに自分でもなぜなのか分からないのですが、
本棚からパウル・クレーの画集を出して、『パルナッソス山へ』という絵の解説を読んでい
ました。読んで、『こんとらぷんくと』のアイデアはクレーからのものだったのだと、よう
やく理解しました。この絵はクレーが対位法を意識して描いた絵だったのです。私の部屋
の一隅には、『パルナッソス山へ』の額が掛けてあり、私はいつもその絵を背中にして机に
向かっているのです。クレーは好きな画家の一人ですが、特別な思いでこの絵をかけてい
た訳ではなく、偶然リサイクルショップで見つけて買ってきた物でした。そして、今まで
精読していなかった画集の中に、クレーのこんな言葉を見つけました。 「絵は私たちをみ
つめている」。クレーもなかなかの神秘家だったようですが、私はこの言葉を信じます。
そして、「書物(本)もまた、私たちを見つめている」と感じるのです。(このことにつ
いては、またどこかで詳しくお話しできればと思っています。)
 
 昨年はトルストイでしたが、いつも、思いもよらない人が登場してきて、その人に導か
れながら作品を書いていますが、今回はケストナーが登場しました。
実際にメジロ盗りのおじさんと庭の話をした時は、チェーホフだったのですが、作品の構
想時には考えてもいなかった、ケストナーが私の意図ではなく現れて来たのです。
ケストナーについては、子どもの頃に『飛ぶ教室』と『点子ちゃんとアントン』を読んだ
きりで、詳しいことは知らなかったのですが、色々とケストナーについて調べていくと、
なぜ、今回、ケストナーが登場して来たのか理解できました。
 
 ちなみに、ケストナーが亡くなったのは1974年7月のことでした。『点子ちゃんと
アントン』の点子ちゃんとは、Punktchen、点Punktのように小さな子という意味で、語尾
のchenは、ドイツ語の名詞の語尾につけて、”小さいもの”“愛らしいもの”を示す縮小辞
だと解かりました。

「大切なことは、自分自身の子どもの頃と、破壊されていない、破壊されることの無い接触
を持ち続けることだ。」というケストナーの言葉が言い表しているように、この本を読んだ
子ども時代には分かりませんでしたが、点子ちゃんは、子ども時代の小さな点がいかに大切
であるか、というケストナーの思想が生み出した、主人公ルイーゼ・ポッゲのあだ名でした。
今回の作品に力を貸してくれた、パウル・クレー(1879~1940)も、エーリヒ・ケストナー
(1899~1974)もヒットラー政権から迫害を受けた芸術家です。
彼らが命がけで表現しようとしたのは、人を酔わせるような耳障りのいい言葉の裏にある真の
怖ろしさだと思います。   
今、日本中を飛び交っている耳障りの言い、平和、安全、一億総活躍・・・、その言葉の陰で、
2015年10月1日、防衛装備庁なる怪しい庁が発足し、武器の開発、輸出を一元的に担って行く
という・・・!!!
戦後70年、日本の平和を守って来た日本国憲法がどんどん骨抜きにされて行く・・・ 
子どもたちの未来を守るために、私たち一人一人の意志ある一点が、どれだけ重要であるか、
時代が、今、私たちに問いかけていると感じます。

                               田井順子 



    作品の中に登場する、『家庭薬局』は、『人生処方詩集』(小松太郎訳)として出版されているものを、
   1983年に高橋健二さんの新たな訳で出版されたものです。この作品の舞台、1974年には、この本は存在
   しなかったのですが、『家庭薬局』という訳が、とても気にいったのと、ヒットラー政権下の政治的圧力で、
   『人生処方詩集』には入れることが出来なかった、「平和が脅かされてきたら」(特別処方四編)を、訳者
   の高橋健二さんが、ケストナーに代って、彼が真に訴えたかったものとして冒頭に付け加えられていたので、
   あえて使わせて頂きました。

    劇の最後に流れる歌声は、1973年9月11日に起きた、チリ軍事クーデターで虐殺された、シンガーソング
   ライター、ヴィクトル・ハラの『平和に生きる権利』です。