　　　　　　　　　　『オモイコミハコワイ』　　　　　（公演チラシより）
色眼鏡でものを見ないようにしたいと常々思っているのに、気がついてみると、何も知らないのに
どこで仕入れてきた先入観なのか、食わず嫌いになってしまっていることがある。人に対しても、物
や食べ物、音楽、演劇、文学などに関しても・・・・・。
ヘルマン・ヘッセについてがまさにそうで、今回の作品はヘッセの『ヴァンデルング～さすらいの記～』
（尾崎喜八訳）から想を得て書き始めたのだが、私は長年ヘルマン・ヘッセを、甘ったるい青春小説
を書く作家だと思い込んでいた。しかしそれはとてつもない間違いだった。　
昨年九十七歳で父が他界した。生前、父からは、たくさんの正(ﾌﾟﾗｽ)の言葉をもらったのだが、父が
遺していった負(ﾏｲﾅｽ)の言葉もたくさんあり、そんな言葉に押し潰されそうになっていた時、ヘッセの
数々の言葉が私を救ってくれた・・・・・・。
　色眼鏡でものを見てはいけないとあらためて痛感する。　思い込みとはコワイものだ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　田井順子

　　　　～言葉が言葉を呼ぶ、不思議な縁について～　　（公演パンフレットより）
一つの点から次の点へ、繋がり続ける縁の不思議について書きだしたら、短い文章では
収まり切れませんが、今回の『ヴァンデルング～不可解な課題への最後の一歩』を書
いている間に、遠い日の私と繋がった一つのエピソードについて書こうと思います。
　今回の作品は、ヘルマン・ヘッセの『ヴァンデルング～さすらいの記～』尾崎喜八訳から
想を得て書き始めたのですが、その途中で、私の頭の中に、遠い記憶の中の《ある言葉》
の断片がチラチラと見え隠れしながら浮かび上がって来たのです。　　　　　　
　その言葉の断片というのは、中学２年の時、２才上の姉の高校の国語の教科書に興味を
持って開いてみた時、載っていた詩の中の一節で、その詩がとても気に入って、自分のノー
トに書き記し、時々口ずさんでいたものでした。
　中でも大好きだったのは、
　　　　《肩をならべて歩きながら、花を摘んでは渡すように、互いの思想を打ち明け合う》
　　　　　　　　《君の思想が僕の心の谷間へながれ、僕の発見が君の頭脳の峰を照らす。》
という言葉でした。　
　詩の題名も、誰の作品だったかも、すっかり忘れてしまっていたのですが、大好きだった
言葉は忘れずに記憶の中に残り続けていたのです。
　早速、インターネットで記憶していた言葉の断片を入れ検索してみました。
　すると、インターネットとは何と恐ろしい程便利なものでしょう。50年の時を超え、一瞬の
うちに言葉の全貌が明らかになりました。
　その詩は『道づれ』という詩で、何と作者は、尾崎喜八だったのです。不思議な尾崎喜八
さんとの縁を感じました。　
　今回、今まで触れて来なかった尾崎喜八さんの詩や文章に触れてみて、私が、『道づれ』
という詩に出会った13歳の時から、数々の点に出会いながら歩みを進めてきた中で、今、
この時期にまた、尾崎喜八さんに出会ったことの必然性を強く感じました。
　言葉が呼び合ったとしか言いようのない不思議な出来事です。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　田井順子