「おじいちゃんはトルストイ!?」 

上演パンフレット記事より

     〜 トルストイの「ご機嫌よう!」 〜 

 今回の公演の企画を考えていた当初、トルストイはまったく念頭に無く、違った作品
を考えていました。昨年の公演で笑いの要素を取り入れたことで、少し楽しんで観るこ
とが出来たという声を頂き、『笑い』の大切さを 強く強く感じ、内容をおろそかにする
ことなく、笑える作品を創りたいと考えていたのですが、トルストイを喜劇にして描こう
などと、また描けるなど思いもよりませんでした。
ところが、ある日突然トルストイが、腰のベルトに両手の親指をかけて、「ご機嫌よう!」
と現れたのです。 「ご機嫌よう!」は、NHKの朝のドラマ『花子とアン』で半年間、
多くの人の耳に馴染んできた言葉です。その「ご機嫌よう!」を口にするトルストイは、
とてもお茶目で可愛らしかったのです。その言葉をうまく使えば、トルストイに対しての
親しみが湧くかもしれない瞬時にそう思いました。
そして、その時、幾つかのハッキリとした情景が浮かんだのです。それらはみんな、親しみ
深いトルストイの姿でした。それらを繋げて行くことが出来れば・・・・・!
その時には、今、どうして、トルストイが現れたのか、明白に理解することができました。
トルストイは、戦争のない平和な世界を実現させるために、私たち人間にとって必要なもの
とは何なのかを、時間の許す限り考え、実践し、多くの人々に影響を与え、生涯を終えました。
しかし、トルストイの祖国ロシアとウクライナの民族間の争いをはじめ、今の世界情勢は真逆
の方向に進みつつあります。人間が国や民族のへだたりを超えて、助け合い、慈しみあって、
愛する家族のように一つになっていく・・・・・・・、そうならない限り、戦争は無くならな
いと説いたトルストイの魂は、きっと居ても立ってもいられないのだろうと・・・・・・・。
 作品のタイトルはすぐに決まりました。喜劇『おじいちゃんはトルストイ!?』。
この作品の中で、一番に据えたい思い(言葉)がありました。 
マキシム・ゴーリキーの『追憶』の中の一節です。トルストイが亡くなったという電報を受け
取ったときゴーリキーは哀しみにおいおい泣きだし、そしてぽかんとした状態で、自分が知って
いたトルストイ、見て来たその人の事を心に思い浮かべました。そして文章に残しているのです
が、その中の、老トルストイが海辺で瞑想にふけっていたところを、たまたまゴーリキーが目撃
した箇所は、何度読み返しても胸がいっぱいになります。そこの部分の全部を書きたいのですが、
紙面が足りないので、その一部を・・
 
〈 私はあるとき、ひょっとしたら誰も、そんな風の彼を見た者はなかったかもしれないような、そんな彼を見たことがある。
   ガスプラにいた彼のところへ、海づたいに行ったのだが、ユスポフの領地の上になる、すぐ海岸の岩のなかに、灰色の
   しわくちゃの襤褸【らんる(ぼろのこと) 】に、揉みくしゃの帽子をかぶった、小さな角々した彼の姿を認めた。
   両手で頬杖をついて―指の間で銀色の髭の毛を風に吹かせて― 遥か遠く、海を眺めている。足元へ青ずんだ小波が、
   さながら何か自分のことを年老いた魔法使いに物語っているように、音を立てて打ち寄せている。(中略)
     その時私が感じたことは、言葉では云いあらわせない。心はよろこびに満ち、胸迫って苦しかった。がやがて、何も
   かもが幸福な思考のなかに溶け合った。
   
「おれはこの地上にいて孤児(みなしご)ではない、この人間がいるかぎりは!」 >
                        (ゴーリキー『追憶』岩波文庫)
 この作品を見て下さった方の心に、そんな感動の何分の一かでも残すことが出来たら、残せるよう
なトルストイを描きたいと真剣に思いました・・・・・・。
 そして今回、改めて『追憶』を読み直した時、びっくりするような発見がありました。トルストイは、
出会うと必ず、両手の親指を帯の間に突っ込んで「ご機嫌よう!」と挨拶したということが書かれていた
のです。 トルストイの「ご機嫌よう!」は朝ドラからのパクリではなかったのです。
                                         田井順子